アダムとポール
原題:ADAM AND PAUL
監督:レニー・アブラハムソン
出演:トム・マーフィー、マーク・オハロラン
2004年 /アイルランド
日本公開年:未公開
ストーリー
アニキ風をふかしているアダムと、そのアダムに頼りっきりのポール。
この2人は、ある日見知らぬ土地で目覚め、やっとの思いで馴染みの場所に戻った。
ところが、彼らの知人、仲間から冷たくあしらわれる。
所持金のない2人は、窃盗を試みるも失敗を繰り返す。
レビュー
不思議なロードムービーのようで、おかしさと悲壮感の絶妙なバランスがあって、アダムとポールのコンビから目が離せなくなりました。
どこか、トム・ハンクスに似ているポールは、次々と災難に遭う。
そして仲間に会うも、兄弟同然に育った仲間の葬儀に出なかったからと、仲間たちの2人に対する敬遠しているっぷりが露骨。
仲間から文句を言われるたびに、ポールが「ごめん」と口にするのが印象的です。
2人はお金がないし、窃盗を何度か試みても失敗。
とにかく何をやっても上手くいかない。
ここら辺は、哀しいほどおかしな2人という感じですね。
そして、アイルランドに移民した多くのルーマニア人への差別など、今アイルランドが抱える問題もサラリと入れてます。
脚本はアダムを演じたマーク・オハロラン。
災難続きで、ポールが「僅かでいいから安らぐ時間をくれ!」と神に乞うたところ、上からコカインが降ってきた・・・という奇蹟はご愛嬌。
▼▼▼ネタバレ▼▼▼
ポールの災難・・・というのが、まずは乗ったバスに酔ってしまって吐き気で途中下車。
次は道路を横断中バイクに足を轢かれるし、奪おうとした車のドアを叩いた時に手を痛めてしまうし、腹痛に襲われ路地の隅で用を足すハメに・・・などなど。
しかも具合が悪くなってるのにアダムにはパシリに使われ、店で万引きさせられ失敗したりと、ポールにはこれでもかっという位に災難が続く。
これは私の解釈ですが、この映画のアダムとポールは、キリスト教のアダムとポール(パウロ)なんじゃないかと思います。
アダムはキリスト教に於いて「人間」を指しているそうで、最初に罪を犯した者。
それとポールは聖パウロであり、パウロはユダヤ教でしたがキリストの弟子になったことで裏切り者と呼ばれた人物だそうで、パウロはいつも赦しを乞うていたらしい・・・だからポールの「ごめん」が口癖という設定なのかも。
このアダムとポールの2人の旅(?)は、
「幾たびも旅をし、川の難、盗賊の難、同国民の難、異邦人の難、都会の難、荒野の難、海上の難、にせ兄弟の難に会い、労し苦しみ、たびたび眠られぬ夜を過ごし、飢えかわき、しばしば食物がなく、寒さに凍え、裸でいたこともあった」(コリント人への第二の手紙11章26,27)
ではないかと思うんですが・・・。
まさしく、カトリック信者のアイルランド人らしい作品と言えるのかもしれません。
カトリック信者ではない日本人には、ちょっとわかり辛い内容かな?とも思いますが、それでも充分作品としてはユニークで良い作品だと思います。
ラストはキリスト教の言うところによる、アダムの死は即ちキリストの「復活」・・・という意味だそうですが、アダムの死で映画は終えます。
その場所は、映画の冒頭に2人が目を覚ました場所であるというのも、深い意味がありそうです。
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