トリコロール /赤の愛
原題:TROIS COULEURS: ROUGE
監督:クシシュトフ・キェシロフスキ
出演:イレ−ヌ・ジャコブ、ジャン=ルイ・トランティニャン、フレデリック・フェデ−ル
1994年 /フランス=ポーランド=スイス
日本公開:1994年(リバイバル上映;2003年)
ストーリー
ジュネーブに住むモデルとして働くヴァランティーヌは、ある夜、不注意から犬を車でひいてしまう。
そして、その犬の飼い主で電話の盗聴が趣味の退官判事と出会う。
レビュー
トリコロール3部作の3作目で、キェシロフスキの遺作ともなった「赤」
トリコロールでの「赤」は「博愛」を意味しているけれど、この作品で「博愛」を見出そうとしていると本質的なテーマが見えにくくなると思います。
一匹の犬によって、ヴァランティーヌは風変わりな初老の男と出会う。
愛想がまったくないその男が電話の盗聴をしていると知り、止めさせようとする。
けれど、表面でしか物事を判断しない者にとっては、奥に隠されている事実を知った時、他人は何もできないことを突きつけられて落胆しちゃうんですね。
それが善意だと思って取る行動は、本当に善意なのか・・・本質的に誰もわかっていないと。
「犬を救ったのは誰のためなのか?」
男の質問に、ヴァランティーヌは答えられなかった。
その小難しげな、かつて判事をしていた男と意図的ではないにしろ、徐々に関わり合っていくヴァランティーヌ。
この作品では、赤がふんだんに使われています。
特に印象的なのは、ヴァランティーヌがモデルで撮影された時のバックの赤。
彼女はカメラマンの要求で哀しい表情をしているにも関わらず、私は遠い未来への希望を見つめる表情に見えました。
哀しい顔をしていても、赤が顔に反映して血色が良く見えるからなんでしょうが・・・。
3作品ともに、「生と死」を背景に運命的な繋がりをテーマにしていると思うんですよ。
それに相応しいラストであり、またそのラストから3作品を総括してメッセージしていることに、作品のクオリティの高さを感じさせます。
▼▼▼ネタバレ▼▼▼
彼女にはイギリスにいる恋人がいて、何かと心配なのか電話で「男が一緒にいるんじゃなか?」なんてネチネチ聞いてくる。
一方で、ヴェランティーヌの話とは別に、彼女の近所に住むアウグストという青年の話も同時進行しているんです。
この2人が会話を交わすシーンはありません。
けれども、何気なく互いの存在は知っているんですね、意識はしていませんが。
話が進んでいくと、観ている者は「あれ?」という風に混乱させられます。
退官判事が語る若き日の自分の話とアウグストの状況がまるっきり同じだからです。
もしかしたら、アウグストは時空を越えてやってきた退官判事なのか?・・・と思うほど。
トリコロール3作品通して、腰の曲がったお婆さんが登場します。
舞台はフランス、ポーランド、スイスと違うんですけども意図的に登場させていることが面白いですね。
このお婆さんによって、3作品に繋がりがあることを暗示させています。
つまり、それぞれの話がオムニバスのように独立しながらも、どこかで繋がってるよ・・・と教えているようでもあるんですね。
さて、この作品のラストでドーバーを渡りイギリスへ向かう貨客船が転覆します。
わずか生存者は7人という中で、そのうちの6人は3作品の登場人物でした。
ここで私は、この6人は今までの総括的な登場ではなく、ここから物語が始まったのだなと解釈。
普通なら、あの事故のニュースを見たら驚くはずなのに、案外平然としていた退官判事・・・というのが不思議だったので「これが始まりなんだな」と。
つまり、退官判事がテレビに映し出された6人の物語を頭の中で描いたものが「トリコロール3部作」なのでは?と思ったんです。
細かい点で言えば、退官判事がテレビを持っていたのは、ヴァランティーヌの弟が持って行ったと思わせるんですが、実は元々持っていたテレビかも。
生まれた子犬の首に識別票みたいなものを付けてるシーンも、ヴァランティーヌにあげる一匹と思わせますが、彼女がひいた犬として登場させてるかもしれません。
何の意味があるかと思わせた、新人判事アウグストと男の昔話の合致。
ヴァランティーヌに預言めいたことを告げたり・・・ラストで彼女が助かってテレビに映し出された映像と街に貼られた大きな広告ポスターが同じということも。
退官判事はテレビで彼女に惹かれたんだろうと思います。
ヴァランティーヌに話した自分の恋人のことは、男にとっての実話なのでしょう。
それで、アウグストに自分の身の上を重ねてストーリーを作り、運命的な出会いを遂げる2人として仕上げた。
そして男の頭の中で出来上がったそれぞれの物語。
3作品共、出てくる男性は好きな女性を想い続けている・・・という設定であることも共通していますね。
まるで、彼らは退官判事そのものであるかの如く。
3作品共に「生と死」を共存させ、出会いと別れもまた同じ線上に存在していることを見事に表現していると思います。
意味のない偶然はないんだ・・・ということでしょう。
考えると、本当に奥深さを感じる作品です。
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